こんにちは。好きなことでゆるく働き、都心ミニマルライフを楽しむもふもふです。
小さな頃、母親のお友だちが喫茶店をやっていて、子どもの私もよく連れて行ってもらいました。
今思えば、それが子どもの自分には最高のUX(購買体験)だったな、と思ったので、綴ってみます。
今回は、「モノの価値は、子ども自身で決めていい。」についてお伝えします。

レトロ喫茶で育った子どもでした
私は、その小さなレトロ喫茶が大好きででした。

おそらく、夜はスナックとかバーになる感じ。
母の友だちのおばさんの真っ白いエプロンも素敵だったし、そこで作ってもらう緑色のクリームソーダや、生クリームの角が立ったチョコレートパフェも輝いてみえました。
今思えばもちろん母親が後で支払っていたのですが、子どもの私には、
ほしいものを口に出すと、完璧な形ででてくる魔法のお店
に思えました。
ただ、母親の一言で、その夢の世界を壊されることも度々ありました。
現実的なんだけど、違和感あるワードだった
それは、たとえば私が「ジャムサンドイッチを食べたい」と言ったときのこと。
「家で同じものを食べられるのに。」
母親としては、「せっかく来たんだから、喫茶店でしか食べられないような、パフェやナポリタンにしたら?」と言いたかったのだと思います。

実際に、特別なジャムサンドってわけでもなかった。
こういうことって、子どもにはよくあることではないでしょうか?
ただ、私にはこの母の言葉に、当時も違和感しかなかったんですよね。
子どもだったのでその違和感をうまく言語化できなかったのですが、今なら明確に
それは違う。ここでいただくのが、今の自分にとっての価値なのだ。
と説明できます。
モノの価値は自分で決めていい
子どもの私が言いたかったのは、こちらでした。
価値はジャムサンドそのものではなく、そのUXにある
【ユーザーエクスペリエンス(UX)】とは:ユーザーが製品やサービスを利用した際に得られる体験の総称です。ユーザーの感情や行動、知覚、身体的・心理的反応などが含まれます。
パンを慎重にカットするおばさんの手さばき、美しく揺れるバターナイフ、磨かれたレトロな食器。
そこにうやうやしく美しいジャムサンドがのせられ、常温のバターが添えられます。
この一連の流れが、小さな私には心がわくわくする、すばらしい体験だったんですよね。
そのため、母親のいうこともまあわかるけど、私はこういう価値を今後も大切にしたいなと思っています。
自分の心が踊る購買活動をしたい
コスパ全盛期の現代で、リセールバリューという言葉に重きが置かれるのも当然です。
慎重に比較検討し、最も安く買うこと自体が快感、つまりそれが自分のUXだという方もいるでしょう。
もちろん、それも全て正しい。
ただ、私にとってはこの手の、「自分の心踊る瞬間」にまさる購買活動はありません。
逆に、自分にこういう瞬間がなくなるならば、どんなにお金があっても豊かとは思えないんですね。
そのため、自分が買い物をするとき・新しい経験をするときは、金額やコストパフォーマンスにこだわりすぎず、
自分のワクワクする心を優先したい
と思っています。みなさんはどう思いますか?
まとめ
以上、「モノの価値は、子ども自身で決めていい。」についてお伝えしました。
私の結論は、こちらでした。
買い物ではコスパやリセールバリューにこだわりすぎず、自分のワクワクする心を優先したい。
これと同じ話で、回転寿司屋さんで、子どもの私がお皿に乗ったプリンを手に取ったことがありました。
母はいつものように「冷蔵庫に同じのあるよ。」と呆れていましたが、
ここで食べるから、数十倍美味しいのだよ!!
と、大人になった今でも反論したいところです。

回転寿司のお皿に乗ったデザート、なんかワクワクして好き。
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