【心動く瞬間が大切】村上春樹が好きと言ったら、バカにされた話。

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こんにちは。好きなことでゆるく働き、都心ミニマルライフを楽しむもふもふです。

私は小説家の村上春樹の作品が好きなのですが、昔から「村上作品だけは苦手」という人にもよく会います。

というか、バカにされる率が高い。

好みは人それぞれなのですが、大学生の時に「この考え方、気の毒だなあ」と思った人に出会ったので、そのことを紹介してみます。

今回は、「相対評価からは距離を置き、自分の心動く瞬間を大切にしよう」についてお伝えします。

村上春樹氏が苦手な人、けっこう多い

大学生の時、塾講師のアルバイトをしていました。

そこの飲み会で「村上春樹が好き」と自己紹介をしたら、先輩講師の大学院生に全否定されました。

あー村上春樹好きって女子多いよね〜。よく似た人で、流行ったけどすぐに消えた◯◯って作家、知ってる?村上春樹も同じ道を辿るだろうから、将来価値はないよ。読むのムダムダ

当時は、この人村上春樹にどんな恨みがあるんだ?と不思議に思っていましたが、今思えばミーハーそうな女子大生にドヤりたかっただけかも。

その時は反論するのも面倒なので、「へえ、そうなんですか〜!ところで…」と、その話題を流しました。

根本的に違和感があった

その感想は先輩だけのものなので、いつもなら気にも留めない話題でした。

しかし、その時は私のなかで、なんだか違和感が残りました。

自分の好きなものが否定されたことが嫌だったというわけではなく、根本的に違和感を感じたというか…。

この違和感はなんだ?と考えてみた結果、その先輩は気の毒な人だという結論になりました。(偉そうにすみません。)

なぜ気の毒に思ったかというと、創作物を相対評価でしか見られない人だったから。

心震える作品には、人生を変える力がある

私は作家の将来性についてはどうでもよく、シンプルにこちらが価値でした。

今じぶんの感性に響き、思考に影響を与えたこと

一方で、その先輩はこう言っていたわけです。

  • 市場に長く生き残れる小説家かどうかが、重要
  • 世間に評価されない作品なら、読む時間が無駄

それはとても資本主義的な感覚で、現代にも根強く残っている相対評価思考だなと思います。

自分の心が動くかどうかより、まわりの評価が多いかどうかによって、価値を判断している。

これはおそらく小説家だけでなく、彼の全てにおける価値基準なんだろうなと思い、なんだか気の毒に思ってしまったのでした。

いまあなたの心に響いたなら、それだけで価値アリ

もちろんすべての作品には時の洗礼があり、100年残るアート・書物には、普遍的な価値があります。

ただし、私の場合は、クリエイティブなものほど、相対評価の視点で眺めたことがありません。

好きな作家の場合は、レビューも読まないようにしています。

なぜなら、誰かの評価が残ると、自分の心が震える瞬間が濁ってしまうからです。

ただの流行か、未来まで残る価値か、商業的成功を収めたかどうかは、マジでどうでもいいんですよ。

周りの人や市場が決める価値など、本当に無意味なものなのです。

あなたの心が震えるものに出会ったなら、それ自体が価値です。

その絶対的な瞬間を、どうか自分のなかに大切にしまってください。

どんなものであれ、それは人生を豊かなものへ変える力があります。

あなただけの土台をつくる感覚を、大切にしてくださいね。

まとめ

以上、「相対評価からは距離を置き、自分の心動く瞬間を大切にしよう」についてお伝えしました。

私の結論は、こちらでした。

  • 心震える作品には、人生を変える力がある。
  • 心震える瞬間を逃さないために、周りが決める評価をスルーしよう。

そういえば、とある漫画で

映画は10本観るうち、9本はいつも駄作。でも、ある1本が人生を変えることもある。

というセリフがあり、私もその通りだと思っています。

私はその駄作9本を観てもいいと思えるくらいには、時間と心のゆとりがほしかった!

そのためにサイドFIREを目指した、といっても過言ではありません。

私にとって心震える絶対的な瞬間は、何にも代え難いものです。

あなたにとって、価値あるもの・価値ある感覚はどういうものですか?

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