【死ぬ時一番お金持ち、は不幸?】マインドブロックを外そうね。

ミニマルライフ

こんにちは。好きなことでゆるく働き、都心ミニマルライフを楽しむもふもふです。

あなたが投資を始めてから、一度はこんな言葉を聞いたことありませんか?

死ぬ時が一番お金持ち、は不幸

そして、その時に何の疑問ももたずに

そうだよね。死ぬ時が一番お金持ち、は不幸だよね。

と思っていませんか?

今回は、「死ぬ時一番お金持ち、は不幸?マインドブロックを外そう。」についてお伝えします。

お金なんて一生いらないであろう、自由気ままな猫さま(クロアチアより)

死ぬ時に一番お金持ち、は不幸?

巷でよく聞く定説には、私としては「本当にそうかな?」というものがけっこうあります。

たとえば、先日知り合いと話していて、このような話題が出ました。

  1. 孤独死はかわいそう。誰にも看取られないなんて不幸。
  2. 死ぬ時に一番お金持ち、は不幸。お金は使うためのもの。

あなたはどう思いますか?

私はその場の雰囲気を眺めていて、全員が「当たり前だよね」の論調で話していたことに、なんとなく違和感がありました。

何に違和感があったかというと、皆が自分の考えでそう発言しているというより

巷でよく聞く言葉を、自分のなかで咀嚼せず、ただそのまま使っている

という雰囲気だったから。

定説に反論①:孤独死は不幸?

では、実際に考えてみましょう。

孤独死はかわいそう。誰にも看取られないなんて不幸。

私の結論から言うと、私自身は孤独死の何がかわいそうか、よくわかりません。

だって、旅立つ時って、その瞬間は誰もが独りですよね?

もし誰にも発見されないことが嫌だったり、人様にご迷惑をかけたくないなら、現代では何かしらの仕組みがあるでしょう。

3日連絡がつかなかったら、セ◯ム駆けつけサービスとかね。

さらにいえば、死ぬ時に誰かに看取られたいという気持ちって、全員にあるものなのかな?

私の理想の旅立ち方

私自身がこの世を去るときは、実は

野良猫みたいに、ひっそり静かに旅立つのが理想だな

と思っているんですよね。

まあ、私は社会で生きる人間なので、そううまくはいかないと思いますが。

孤独に旅立つことは、基本的には生きものとして当然の流れです。

そのため、私は不幸と決めつけるのもおかしい話だし、世の独身の方に「孤独死は怖いもの」と思い込ませるのもおかしい、と思っています。

定説に反論②:死ぬ時に一番お金持ち、は不幸

その流れで、こちらについても考えてみました。

死ぬ時に一番お金持ち、は不幸。お金は使うためのもの。

すると、

たくさんのお金があることで、生涯精神が安定するんだったら、幸せなのでは?

とも思いましたよ。

使わなきゃ意味ないよ、のアドバイスいる?

ちなみに、私は「お金に苦労せず人生逃げ切れたらいい」というレベルの蓄財で満足する人間なので、そもそもこの話とは無縁ですがね…。

ただ、お金を貯めること自体が好きな人に「使わなきゃ意味ないよ。」という意見は、私はただの押し付けだと思っています。

私自身は使わなきゃ意味ないと思っているけど、それは私だけの価値観なのだ。

さらには、あなたがもし自分に対して、

死ぬ前にお金持ってても不幸だから、使わなきゃ!

と思っていたら、それもまたひとつの思考ブロックかもしれません。

よく聞く定説には「本当にそう?」が有効

このように、よく聞く定説をうのみにすると、あなたの思考が偏見で固定されてしまう場合があります。

そうなると、自分の人生の選択肢を、自分で狭めてしまうので要注意。

なんとなくの風潮に流されて無難な道を選択し続けると、自分の人生を歩くことに失敗しやすくなります。

私はこの、本当にそう?と疑う思考癖に助けられていることが非常に多いので、あなたも身につけてもらえたら嬉しいです。

まとめ

以上、「死ぬ時一番お金持ち、は不幸?マインドブロックを外そう。」についてお伝えしました。

私の結論は、

お金があることで、生涯精神が安定するんだったら、幸せなのでは?

でした。

その他の定説で疑わしいことも、本当に多くありますよね。

たとえば、こういうの。

  • ごはんはみんなで食べたほうが美味しい(ひとりでもうまいよ)
  • 子どもがいないとさびしい人生(さびしくない人もいるよ)

私が怖いのは、自分自身の考えではなく、受けた情報をそのまま垂れ流す側の人になること。

偉そうに言っていますが、私も自分では思考ブロックに気づきにくいです。

そのため、やっぱりたまには誰かと会話するのって大事なんだろうな、と思っています♪

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