配偶者フィルターという価値観。サイドFIREしたい主婦が否定しない理由。

サイドFIRE

こんにちは。好きなことでゆるく働き、都心ミニマルライフを楽しむもふもふです。

先日このようなツイートをしたら、けっこう共感(?)いただきました。

(最近知ったのですが、SNSの埋め込みって時間が経つと見れなくなったりするみたいですね・・。なので今後は一応テキストでも貼っておきます↓)

夫が無職だった時、私を「苦労好きね」っていう人がいた。今は夫の職業を聞いて「玉の輿ね」っていう人もいる。

私にとっては何も変わらない。たとえ彼がまた無職になっても、一緒にごはん食べて一緒に散歩できたら幸せ。

私が大切にしてるのは、他人の価値観ではなく、自立した心と自ら築いた資産

もふもふ@Twitter

このエピソードのキモは

配偶者フィルター

という価値観が、社会に存在するということ。

今回は、「他人に配偶者フィルターを持つこと」について、私の価値観をお伝えします。

この世には「配偶者フィルター」を持つ人が存在する

この世には配偶者のスペックを通して、人の価値を判断する方がいらっしゃいます。

個人的には、もし夫が社会的に評価されるのだとしたら、それは夫が頑張ったからであって、妻である私には何の関係もないと思っています。

しかし、その配偶者の職業や年収というようなフィルターを通して、私を評価する人がいるんですよね。

私自身は全く共感しないのですが、いろんな価値観があるんだなあ、と思って観察しています。

ちなみに、私はこういう価値観を不愉快と思ったりもしませんし、モヤモヤすることもありません。

その人の価値観は、その人のものだからね。

ただ、どういう背景でそういった思考になるのかな?ということには興味津々です。

夫→妻だったら?

上記の投稿で、もし主語(私)が男性だったら、きっと「苦労好き」とは言われませんよね。

妻と夫を入れ替えてみました↓

妻が無職だった時、私を「苦労好きね」っていう人がいた。今は妻の職業を聞いて「玉の輿ね」っていう人もいる。私にとっては何も変わらない。たとえ彼女がまた無職になっても、一緒にごはん食べて一緒に散歩できたら幸せ。私が大切にしてるのは、他人の価値観ではなく、自立した心と自ら築いた資産。

どうでしょう。もし私が男性だったなら、このような声がけは生まれないんじゃないかな?

というわけで、個人的にはこの事象にけっこうな違和感があるのですが、

女性が男性を経済的に支える

ことについて、実際に職場でよくからかわれていました。

女性が男性を経済的に支えることについて

大半は、「だめんず(ダメ男とつきあってしまう女)」みたいなイジられ方でした。

  • もふもふちゃんはダメ男が好きだからなあ(笑)
  • もっといい男がいるのに、ヒモ男につかまってかわいそうに

そして、それがある時から「玉の輿だね!」「海老で鯛を釣ったね!」みたいな言葉に変わりました。

これは悪意なく、本気で褒め言葉として使われていた気がします。

このように、私は配偶者によって、自分のみられ方が180度変わる経験をしています。怖い。

価値観は、時代によってコロコロ変わる

もっと怖いのは、時代によって、正義や多数派は流動的になるものだということ。

今はちょうど、「自立した女性がかっこいい!」みたいな風潮がありませんか?

しかし、少し前までは「男性に支えてもらえる女性が最高!」という雰囲気がありました。

そういう漫画やドラマも多かった。

世間の価値観って、時代によって、本当にびっくりするほど変わるんですよ。

なので、昔の価値観の名残で、今もなお「男性に支えてもらえる女性が最高!」と信じている方々も、私は否定するつもりはありません。

時代とは少しずれていますが、それはその人の価値観だから。

自分が心地よい価値観を持つことが重要

ただし、流動的な価値観での評価は、全て私の耳を通り過ぎています。

「かわいそう」もしくは「玉の輿」などと言われても、なんだか他人事として聞こえる感じ。

それよりも、私が大切にしているのは、時代や他人がどうであっても、

自分が心地よい価値観を持つ

ということなんですね。

時代に変化されない自分の価値観とは、自立

私のなかにある価値観は、誰に何を言われても変わることはありません。

何が幸せかが自分の中でわかっているということは、自分の人生を安定させます。

ここ数年は、こちらが私の中でキーとなっているようです。

  1. 経済的自立
  2. 依存しない心

私としては、夫とは週末に楽しい時間が過ごせて、たまに一緒に散歩する健康があれば、それで十分だなと思っています。

この価値観の話は、こちらの記事にまとめています。

自分の幸せな世界を築くことに注力しよう

配偶者だけでなくとも様々な価値観のフィルターで判断されるのが、この世の常です。

お子さんの学歴で、親を評価するとかもよく聞くね。

それは時代や状況によって、かなり流動的な価値観です。

そのため、私は「それはおかしい!」「そうは見られたくない!」と、他人の価値観と戦うことは一切しません。

なぜなら、自分だけの価値観を大切にしていれば、自分の世界で幸せに暮らせるからです。

もし他人の価値観にモヤモヤする方がいたら、まずは自分の大切にしている価値観や、どんな暮らしが理想かを書き出してみてください。

そのことに意見する人たちは、自分とは異なる価値観を持っているというだけ。

自分の幸せな世界を築くことに注力しましょう!

まとめ

以上、「他人に配偶者フィルターを持つこと」について私の価値観をご紹介しました。

結論は、配偶者フィルターを持つ人を否定はしないけれど、私自身は

自分が心地よい価値観を持つ

ということでした。

このさきの夫婦にも、それぞれ人生良い時悪い時があると思いますが、基本的には本人の問題。

お互いにバウンダリー(心の境界線)を大切にし、自立精神をもって健やかに暮らしたいと思います。

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